内閣不信任案提出

政局が大混乱している。
野党が内閣不信任案を提出、与党の民主党内でも同調する動きがあり、可否は予断を許さない情勢だと伝えられている。
この話題をブログに書くべきかどうか迷ったが、「今の」私の気分を記しておくことに意味がある、と思い直したので、書いてみたいと思う。

今の時期に内閣不信任案を出す大義がどこまであるのか、が問われている。
「この国難のさなか、それどころではないでしょう」
と多くの人が思うのではないだろうか。
ただし、野党が不信任を出す事自体は「普通の仕事」の範囲ではあろう。国民にどう映るかは各党で考える話であり、私からこれ以上は言うつもりはない。
理解に苦しむのは、与党である民主党内から同調の動きが出ていることだ。

私たちの統一地方選でも、民主党は逆風にさらされた。その理由はマニフェストの不履行や政権運営の拙さによるものだったのは論をまたない。
だが、菅総理にだけ責任があるわけではない。
鳩山前総理・小沢前幹事長の政治資金問題、鳩山内閣の迷走など、この間の民主党政権のあり方全てに原因があるはずだ。
そしてもう一点、「民主党の内紛」が有権者の怒りを買ったと私は感じている。

鳩山総理・代表が辞任し、後任争いに菅氏と小沢一郎氏が名乗りを上げ、菅直人氏が民主党代表・内閣総理大臣になった。
その後、いわゆる「小沢外し」といわれる党運営となり、小沢グループ内で不満が高まっていった、という構図。
双方言い分はあるのだろうが、そうした党内対立がどれだけ民主党のダメージを深くしたか。

一頃、「三月政局」が喧伝されたことがある。
衆参両院の「ねじれ」がある以上、政権運営は必ず行き詰まる。打開するには、新年度の予算成立と引き替えに総理が退陣するしかない…。
まあ、ざっくり言えばそうしたシナリオだ。
しかし、あの大震災が発生し、政治休戦になった。見ようによっては、内閣は救われた格好になったのだ。

このような国難に陥ると、時の内閣を変えよう、という機運が高まらないのが普通だろう。
その意味では、政権側に有利になる、と言える。
とはいえ、震災対応優先、ということで菅政権の全てが免罪されるわけもなく、むしろ対応が拙ければより苦しい立場に追い込まれることにもなる。実際、原発事故が追い打ちをかけ、政権は右往左往しているようにも見える。
そこで、三月政局の先送りを余儀なくされていた反内閣勢力は「今!」とばかり立ち上がったのだろう。

「あの大震災が日本を変えた」
と言われたが、
「政治は変わることができなかった」
ということか。
まあ、考えてみれば当たり前かもしれない。政治を行っているメンバーは替わっていないのだから(そして私もその末端の一員だ)。

私が政治に関わるようになって16年が経ち、市議になってからは丸8年。
今日ほど虚しさを覚えたことはない。