議長選挙

少々時間がたってしまったが、改めて今回の議長選挙を振り返ってみたい。

投票による選挙が行われ、自由松風会の渡辺光雄議員が議長の座を射止めた。
自由松風会は5人会派であり、多い順でいくと

民主・社民ネット9名
自民党7名
公明党6名

に次ぐ、第4会派。
通常であれば、議長を出すのは難しい。

これまでの慣例からすると、第一会派が議長を出し、第二会派が副議長。
基本的にどこの議会でも同じようなものではないだろうか。
なぜ、第一会派から議長が出るのか?

議長選挙になった場合、各会派は自派の代表者に投票する、としよう。
であれば、最も票を集めるのは第一会派に決まっている。
なので、第一会派から議長を出す、という単純な理屈だろう。
あるいは、頭数が多いのだから議会運営の責任を持て、ということもあろう。

だが、現在の藤沢市議会のように、第一会派とはいっても「たがだか」9名。
2・3位が組んでしまうと容易に逆転されてしまう程度の差しかないわけで、自民が議長・公明が副議長、とタッグを組んで議長レースに臨んでくると、第一会派であっても他に仲間を作らなければならないことになる。絶対的な第一会派ではないのだ。
で、我が会派は友好関係にある松風会と共同戦線を張り、自公に対峙していくことになる、はずだったが…。

我が会派は最大会派であり適格者もいるということで、議長選に名乗りを上げた。
候補は高橋八一団長(5期)。
対する自民も諏訪間春雄議員を担いだ(5期)。
そして松風会は渡辺議員(4期)。
第3会派の公明党は副議長に手を上げる、といった展開に。

与党側は、自民が議長、公明が副議長狙いなので組むことは容易だ。
しかし、野党の私たちは二会派がどちらも議長をめざしたため、組めなかった訳だ。

二人の議長候補がいた場合の調整は?
4年の議員任期のうち、議長の任期は藤沢市議会の場合は2年と取り決めている。
なので前半2年・後半2年と分け合えば交渉は成立する。
しかし、ある意味で当事者間の約束に過ぎず、他会派には関係無い話。
会派もいつまで同じ構成か分からない。
で、実際にその種の約束は必ずしも守られてこなかったのだ。なので、
「共闘しよう。だけど、ウチが先に議長を」
と双方が主張し、膠着状態に陥った。

私は、野党系から推されて「座長」になった訳で、ウチか松風会のどちらかが議長になるようにまとめる、のが期待されている役回りだ。
その二会派間で調整がつかなければ、反対勢力との交渉はやりようがない。
議長候補が身内から二人も出ているわけで、そもそも無理があった。
まず、座長としては
1.投票選挙を避けたい。
投票が避けられないならば、せめて

2.仲間内で候補者を一本化する
これにも失敗。
野党で協力が出来ないことを晒してしまった。

議長レースに無関係な会派が大半なので、いつまでも交渉会につきあって貰う訳にもいかず、議長以外のポスト、すなわち副議長以下の議会ポストは全て交渉会で決めて会を閉じることにした。

私は高橋・渡辺で話し合って、議長候補を一本化するように要請。
話合いの結果、ウチが下りることになっても受け入れる、というのが私の立場だった。
当事者にサシで話し合って貰い、それでもダメなら自民を交えた三つどもえの投票しかない。

単に高橋団長が議長になれればよい、というのならば、自民党と調整する手もあったかもしれない。
しかし、それでは改選前からの友好会派との間で培ってきた信頼関係は崩壊する。
で、ご承知のとおりのガチンコ勝負となった結果、

渡辺12
高橋 9
諏訪間8
白票 7

で、渡辺議員が議長になった。少数の、第四会派から議長が出たことは、私の記憶にはない。
野党系の少数会派から期待を集めたのだろう、と推察できる。

私としては、与党から議長が出たら向こうが一票減るのだからその方がよい、と思っていたが、
「渡辺を議長に」
「高橋議長の実現を!」
という周囲の声に押され、当初方針を撤回した。
その結果、友好会派と争うという無理までしたのにウチは議長をとれず…。
野党共闘も崩してしまった。
党派を超えて共闘する難しさを痛感するとともに、私自身、渡辺議長誕生に協力する意思があっただけに、ウチと争う形になってしまったのは正直言って後味が悪い。

ハッキリ言って座長は骨折り損、だった。他会派からも同情される始末だ。
だが、お気遣いは有り難いが、同情されるようではダメなのがこの世界…。
考えてみれば前回の議長改選の際もウチの会派が交渉会座長をやっていた。で、他会派に譲るだけ譲った末に結局議長選挙に負けたっけなあ。
やはり「長」には縁がないのだろうか(苦笑)。

私は「与党・野党」という言葉を多用しているが、改選後の議会内のムードを見る限り、与党側(と私が呼ぶ)議員にとっては
「市長与党」と呼ばれることに抵抗感があるようだ。
本来、議員とはそういうものだろう。

また、私自身、自民・公明・さつき会の与党系会派とは厳しく対立していた。
とはいえ、議員個々人に対してことさら敵愾心があるわけではない。
今後の藤沢市の将来や市民の福祉向上、議会・議員のあり方などについて、ちゃんと話合える議員も少なくないからだ。
確かに、与野党の対立がピークに達した頃は
「廊下ですれ違っても挨拶もしない!」
みたいな雰囲気が議会内にあったのは事実だが、藤沢市議会が再びそうした雰囲気になってもよいとは思っていない。
政策上の意見の相違は大いに結構だが、感情的な対立はコリゴリだ。ただし、
改選前はたった一議席足りないがために100条委が設置できなかった。
同じ轍を踏みたくない、という思いは今でも非常に強い。

仲間から議長が出るとこちらが一議席減ってしまう。ならば、与党系から議長が出た方がよかったのかもしれないな…
という思いが捨てきれないのはそうした理由からだ。

とはいえ、海老根市長の与党は改選前よりも議席を減らし、弱体化したことは確かだ。議員の与党意識も薄れてきている。
選挙の課程で議員は市民の中に入っていく。獲得した票は自分に集まった支持であり、市長のおかげではない…。
それが市長与党意識の薄らぎに作用したのかもしれない。
そうした中、渡辺議長は今後どのように藤沢市議会を引っ張っていくのだろうか。
さらなる活性化をめざして奮闘していただけると期待しているし、私も支えていきたいと思う。

いずれにせよ、私が座長として力不足だったことは間違いない。
にもかかわらず、自民党以下すべての会派の協力をいただき、無事に交渉会を終えることができた。
あらためて皆さんに感謝したい。