藤沢市長選挙

2月5日告示、12日投票という日程で、藤沢市長選挙が行われるのはご案内の通り。
市長選挙は、市政最大の焦点であり、市民の関心事なのはもちろんだが、市長選挙を巡り会派や党総支部が混乱し、私としても何を書いて良いモノやら大変迷い、今日まで触れないできた。

とはいえ、今日の時点でも意味のあることが言えるのか、というとなかなか言えない。
お読み頂いている方には大変申し訳ないと思う。
ので、主に私の心境について、書いてみたい。

2008年の2月に、海老根靖典氏が市長に就任し、1期4年が過ぎようとしている。
この間、私は海老根市長とは意見が合わず、市長の色がでる政策については特に対立してきた。

まず、地域経営会議。
これについては、今までも当ブログで書いてきたので詳細は省くとして、私の問題意識は端的にいうと
「法令違反の疑いアリ」
「地域自治団体が市長の私的機関になりかねない」
「地域住民を代表する正当性がない」
というあたりか。

また、市長が進める官民連携にも疑問がある。細かいことはさておき、大物でいうと、
「市庁舎」
「市民会館」
の建て替えに際し、民間資本を導入する、というものだ。
例えば、市の土地に民間の賃貸ビルを建てて、そこに市役所と民間企業の事務所が入る。
また、市民会館の敷地の一部にマンション等を建てる。
これにより、建築を担う企業が利益を上げることを織り込んだ全体事業費となり、市施設を単独で建設するよりも市費の負担が激減し、建て替えがスムーズにいく、という発想だ。

しかし、私は全くナンセンスだと思っている。
土地がない都心、東京区部ならともかく、市庁舎にせよ市民会館にせよ敷地に十分ゆとりがある。
また、市の業務と民間企業の業務が一つの建物に混在する不都合、賃料を払うとは言え公平性にも疑問が生じるところだ。
市民会館のような多目的ホールと、居住用マンションが共存できるとも思えない。

また、市内の民間オフィス需要は低調、人口もこれから減ることを思えばマンション需要もそこそこだろう。
新築ビル・マンションを建てれば、最初は埋まるかもしれないし、駅近くの立地であればマンションも売れるとは思う。
しかし、述べたように現下の情勢に鑑みるに、オフィスにせよマンションにせよ市が乗り出さなければならない公共性はない。
民間事業者とタイアップして不動産開発する必然性は全くないと私は断じる。

それよりも、不採算(あるいは、不採算になる可能性が高い)だが必要なもの、たとえば図書館、美術館、音楽ホール、病院、学校などなど、
「採算度外視」
とまでは言わないが、市所有の土地・税を用いてでも設置しなければならないものはしっかりと金を使い、自信を持って建てればよいと思う。

庁舎・ホールは市民の財産であり、市執行部の私物ではない。
目先のそろばん勘定で切り売りしてはならない。
建て替える金がないならば、だましだまし限界まで使えばよい。

海老根市長の感覚と私は全く肌が合わない。
そして、市の資産を切り売りしようとする一方で、善行や片瀬海岸など、誰のためだが分からない土地取得には熱心だ。
「今ある市の土地を売っても、票は減らない。しかし、新たに土地を買えば票が増える」
とでも思っているのか?と言いたくもなるのだ。

これだけとっても、海老根市長は支持できない。
また、今100条委では、市長はじめ関係者の告発が可能かどうか、検討している最中である。再選されたとしても、免罪されるわけではない、ことは強調しておく。

さりとて、では誰が市長に相応しいのか?
現職の海老根市長以外に、鈴木県議と三野市議が名乗りを上げている状況だ。
この時期になると、もうこの三人に絞られているといってよいだろう。

三野市議については、私はこれまで民主党の仲間として、ともに活動してきた。彼女のことは私なりに知っているつもりであり、心情的には応援したいところだが市長となると話は簡単ではない。
実際、私が所属する市議会会派の「民主・社民ネット」は、三野氏の出馬により分裂の危機に陥っている。
まず、神奈川ネット所属の青木議員が、「三野氏を支持できない」として離団した。
また、社民の高橋団長・脇議員も鈴木県議の支持を表明。

市議会の会派は、政党というよりも市議として対市長との立場で結成するもの、と私は思っている。
現職に対しては、「反海老根」でまとまっていたのだが、市長選挙でウチの会派の議員が名乗りをあげたとたんに一人が離団、二人も今後はどうなるか分からない情勢になってしまった。

大変悩ましい状況だ。
海老根市長に対抗するために「反海老根の総意で推せる人」が望まれたのだが、鈴木・三野と、いわば反現職の勢力が二分してしまった。
これにより、「現職が有利になった」との見方が出ている。
私としては、誰が有利かとか、各々の陣営が当選めざして取り組んでいる以上、予想めいた話は控える。
いずれにせよ、候補者が一本化できなかったのは残念だ。

もうすんだ話になってしまうが、一言いいたい。
繰り返しになるが、海老根市長就任後4年がたつ。私は当初から、海老根市長には懐疑的で、その後の市政運営を見るにつけ
「市長を代えなければならない」
と強くおもうようになった。

しかし、「総意で推せる人」を見いだすことは、ついに出来なかった。
4年間あった、あるいは、少なくとも善行問題発覚後、2年以上が過ぎているのだから、時間が無かった訳では無い。
にも関わらず、この有様である。
「民主党は、誰か立てないのか」
と、この間よく言われた。
期待していただけるのは大変有り難いし、全く何もしなかった訳では無い。
結果として、いなかったのだが、ここで一つ言い訳をしたい。

市長選挙は「政党選挙」ではない。政党が全面に出て悪いわけではないが、本市の場合、国政レベルを巻き込む争点は見当たらない。
たとえば、米軍基地、市町村合併、原発立地などなど、がそれにあたるだろう。
あるいは、義父・葉山峻の頃のような「保革対立」という構図もない。
そうした中で、中央政党が全面的に市長選に関わるのは、それこそ「地方分権」の精神にもとる。

やはり、この藤沢から市民(市議でもよい)が主導して候補者を立てる動きにならなければ、と思う。
もし、「民主党から出す」ことが、多くの人たち、市民的な広がりになっていれば私自身が立ったかもしれない。
だが、残念ながら「民主党から出ないの」とは言われても、本当に市民から民主党候補が期待されている、とは私には思えなかった。

自分の意欲がないのを市民のせいにするのか、という事では無い、ことをお断りしておく。
私たちの、この4年間の取り組みの結果、残念ながら市民の期待が高まらなかった、と言いたいのだ。
「民主党(の市議)はよくやっている」と皆が認めてくれていたら、自ずとそういう声があがっただろう。
私としては、海老根市長に対抗し、あと一歩のところまで追い詰めたが、時間切れになったと感じている。
市民的な評価を得るには至らなかった、のだと思っている。

とりとめが無くなってしまった。
ようは、市長選挙まで、十分な時間が私たちには与えられていたのに、それを生かし切れず(反海老根の総意になる)候補者を見いだすことができなかった、という、まあ、反省というか。
いずれにせよ、市長選挙まで残された時間は少ない今、そんな事を言っても始まらない。
私たち民主党市議も、判断が迫られている。さて、どうしたものか。

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