江ノ島水族館跡地問題その3 文書偽造の真意は?

昨日、議員全員協議会が開催された。議題は「水族館跡地取得およびそのとりやめ、について」である。
この件についての私の疑問は、過去二回にわたり当ブログで述べてきた。
その疑問を、当局に質す機会だったが、私の質問には答えること無く、苦しい弁明に終始した。

さて、この問題。
1月に計画を策定。その後、大震災が発生。
なので、当初計画に津波対策を盛り込んで、あらためて計画書を策定した、ということで、「1月」のものと、「4月」のものの「二つの計画書」が存在する。
だが。実は二つとも6月に作成されていた、というのが、今回の疑惑だ。
ちなみに、市長決裁は、取得を決めた8月だった。

どうして、こんな事になるのか?
市は、
「1月から検討を始めていたが、(震災対応のためか?)文書化しておらず、文書にしたのが6月まで遅れてしまった」
「ので、検討を始めた1月に文書を作成したことにして、(8月に当該土地の取得を決めるまでに)十分検討した、との形にしたかった」

という趣旨の言い訳をしたのだ。
つまり、買うのを決める直前に計画を作った、となると
「買うために計画を慌ててつくったのでは?」
と疑われるのが不本意だった、という意味なのだろう。
だが、私は「疑われる」のではなくて、それが事実だった、と思っているが。

100歩譲って、計画自体はあったが文書が遅れただけ、と言うことを認めるとしよう。
ならば、6月に入ってから、ご丁寧に「1月の計画書」「4月の計画書」を、「2つ」もつくることは無い。
「1月から計画づくりに着手したが、3月の震災を受け、修正したのが本計画である」という「4月の計画書」が「1つあれば」済むはずである。

私は、これを質した。
部長は、「十分検討した、という形にしたかった」。
私は、「それはわかったが、ならば何故、『十分検討した形にしたかった』のか?」
部長、まともに答えず。

答えられないだろう。
ならば、私が代わろう。私が答えるとしたら
 
「当該土地は、風致地区の規制があるので5階建ての建物までしか建てられない」
「建坪率は40%、で5階までだから、土地に対する容積率は200%が上限
「東北大震災をうけ、津波対策ということで、海岸沿いに摘要しているこの規制を当該エリアは建坪率50%・高さ7階までに緩和する
「すると、350%と約2倍、容積率は上がる。土地の利用価値があがる、すなわち資産価値があがるのだ」

 「市長の後援者の土地を、市が取得するのに合わせて規制緩和をした、となると、株式でいえば『インサイダー取引』的な利益供与だ、と疑われかねない」
「ので、震災前、すなわち『規制緩和前の1月時点で』『当該土地については、市の計画による再開発エリアに指定していた』という形をとっておけば、容積率をアップしてから市が買おうとしたわけではない、という形になる」
「なので、1月の計画、4月の計画、という二つの計画が必要だった」

「実際に計画をつくったのは、6月。市が取得することが決まってから。」
「なので、他の地権者や小田急等と協議して計画づくりをするどころか、市の他部局との相談する暇すらなかった」

「土地取得の前に、間に合わせただけの計画だった」

と、なるところか。
計画自体は、私は的を射たものだと思う。ただ、計画全体の中で、その土地を、今、買わなければならない理由は弱い。
それこそ、十分計画を練ってから取得するべきであった。
「十分計画を練ったという体裁を整えたかった」とは、すなわち「十分に練っていなかった」というのと同義である。

ともあれ、土地取得は、相手があることであり、微妙なものだ。
議会に事前に報告、など実際には出来ないだろう。私は、土地取得を議会に事前に説明しろ、という立場は全くナンセンスだと思っている。
相手に対して、
「市がおたくの土地を買います。しかし、最終的には議会がウンといわないとダメなんです」
「議会では、『所有者は誰だ』などなど、根掘り葉掘り聞かれることをご承知おきください」
「で、
議決次第では、この土地取引はご破算となります」
なんて言っていたら、取引などできない。
複数の業者が参加する契約とは違い、土地は二つとして同じものはない。故に、取引価格の客観性には限界があるし、契約企業が相手というよりも個人相手のケースも多く、金で解決できるとは限らない。個人、なのだから、
「その土地にその人の人生そのものがかかっている」
のだ。
土地取得の議決は事後になっても仕方がない部分がどうしても残る。

まずいのは、土地公社の先行取得なのである。これは、完全に隠れ蓑に使える。事後報告すらないのだから。
だから、公社を使わずに市が直接買えばよい。市長が必要だと判断するのならば、先決処分で買って、直後の議会への「事後報告」でも十分牽制になるはずだ。
後からだろうが、ちゃんと説明できないものは買えない、となるはずだから。

結局、善行問題があるので、土地取得に対して自信を失っているのだろう。
だから、こんな小細工が必要になったのでないのか?

「またもや土地問題」
「懲りない市長(市役所)」
などと言われるが、私は違う見方をする。
懲りたからこそ、こんな小細工をするのではないか?

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