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不動産鑑定評価

昨日100条委が開かれ、当委員会でおこなった鑑定評価の結果が発表された。
気になる価格は
2670万円(現況)。
市でおこなった鑑定額の4分の1である。

で、市の鑑定のように、仮に道路が付いて開発が可能だったとしても、5880万円との報告だった。
このように価格は二種類出されたが、注意を要する。
2670万円が、鑑定評価書。
5880万円は、調査報告書。
つまり、5880万円は、参考価格であり、鑑定評価としては、あくまでも2670万円なのだ。

この違いは。
5880万円の評価については、「現実性が乏しい」条件想定、すなわち、道路が付くことは現実的ではなく「仮に道路があったら」という条件での価格なので、土地の現況を評価した価格とは言えない、ということなのだ。
なので、100条委としては、2670万円を採用することになる。

2年前に、議員有志でおこなった時も、調査報告書であった。
これは、私たちが依頼した鑑定士氏が、「不確定要素が多いので、鑑定書ではなく調査報告書とする」と判断したためだ。
この「調査報告書」とは、2010年に不動産鑑定評価のガイドラインが示された際に新たに導入された制度だ。
どのような場合に使うのか、というと「厳密な鑑定」ではなく、「仮にこうだったら」と現状とは違う評価をする際に便利なようになった、ということである。

今回は「道路があれば」という条件だった。
これ以外にも、「鉄道が延びた場合には」「駅が出来たら」という条件もあるだろうし、辻堂のように「大きなショッピングセンターができたら」という条件での鑑定、というか「価格調査」という場合だってあろう。
しかし、従前の「鑑定評価書」しか認められなければどうか。
今はなくても、将来的に「蓋然性が高い」、すなわち「実現性が高い」場合でないと、不動産鑑定士が評価した、信頼性の高い価格調査が出来ないことになる。
しかし、「調査報告書」という制度が出来たので、現実性が乏しくても、「仮にこうならば」という価格調査を、「法制度上の担保」がある形で不動産鑑定士が行うことができるようになったのだ。

長くなったが、何が言いたいかというと、今回の鑑定はあくまでも2760万円であり、5880万円は「現実性が乏しい『仮の』ハナシ」ということで出された価格だ、ということだ。

市が鑑定をした2008年には「調査報告書という制度はなく」全てが鑑定書であったし、調査報告書という制度があったとしても公で土地を取得する際の目安となるのは「鑑定書」でなければならない決まりである。
なので、以前に私たちが調査報告書を発表した際も、市経営企画部長は「議員が得たのは『調査報告書』であり市が取得する場合には役に立たないものだ」みたいな反論をしていた。

その通りである。私たちは価格が分かればよかったので、そうしたのだが、そう言うのならば。
今回は「鑑定書」を出してもらった。
それが2760万円。
くどいが、「現実性が乏しい」開発可能な宅地見込み地として「参考までに」出した場合でも5880万円。市が行った鑑定の条件設定は現実性が乏しい、という判断は、市の鑑定士以外の3氏が一致している。
さらに言えば、市側鑑定士氏すらも、この事は認めているのだ。「市の事業がある、という前提で、鑑定した」と。

ここで、少し解説したい。
今回の土地は無道路であるので、隣地所有者から進入路にあたる部分を取得しなければならない。
それに応じてくれたとしても、その部分は「生産緑地」の指定を受けている。
生産緑地とはその名の通り「農作物をつくらなければならない土地」との指定を市が行い、指定された土地は、土地保有にかかる固定資産税などが殆どゼロになる。これにより、営農しやすくして市街地内での農地を守っていこう、という制度だ。

なので、これを解除する場合には、非常に高いハードルが設けられている。
指定から30年を経た場合、あるいは当事者が亡くなった場合。
亡くなった場合に、相続した人は生産緑地を継続するかどうか選択を迫られる。生産緑地を解除すれば土地の利用制限もなくなり、農地でなくて宅地にしてもよい。
しかし、宅地並みの相続税を支払わなければならなくなり、相当な金額になるのは目に見えているのでおそらく解除は難しいだろう。
さりとて、営農する気がなければ農地として買い手を探すことになるが、そう簡単には見つからないだろう。見つかっても宅地化できない農地だから安い。

このように、指定を解除するのは大変であり、なので、「生産緑地を解除して進入路を確保した場合」という想定が「非現実的」と判断できるのだ。
長くなったが、こういうことなので生産緑地を解除出来るのは、事実上公のみであり、その場合でも公の事業を行う場合のみだ。
公の事業とは、土地収用法に規定されている事業、ということだ。
土地収用法とは。
市が計画決定した場合、その事業に必要な土地を所有している人は、協力して市に売却しなければならないということが眼目の法律だ。で、もし反対して売却を拒めば、強制的に「土地を収用する」、没収することが市には出来るのである。
非常に強力な権限が市にはあるのだ。

なので、市側鑑定士氏も「市民センターみたいなものを建てる用地なのかな、と思った」と述べていたのだ。
市民センター用地ならば、生産緑地指定を解除できるから。
だが、市にはそんな計画があったのか?というと無かった、ことは当委員会の調べで明らかになったのはご存知の通りである。

市は、鑑定士が出した価格に則っている、と強調している。
責任を鑑定士氏になすりつけるつもりかどうか、知らないが、法的には理由にならない。考えが甘すぎる。
買ったのはあくまでも市であり、鑑定士ではないのだ。

長い説明になってしまった。
ちなみに、2010年の住民監査で既に「非現実的な想定でなされた鑑定だ」と指摘されていた。
「土地取得は不当」「価格も不当」とした監査意見と同じ結論に、2年後にようやく議会はたどり着いた訳だ。
このことは、厳しく問われることになるだろう。
監査のあり方も根本から見直さなければならない。

どんどんボロが出てくる。市がやっていることはメチャクチャだ。


藤沢駅の建て替え

今日は
「藤沢都心部再生・公共施設再整備特別委員会」
が開催され、委員として出席した。
イヤに長ったらしい名の特別委員会だが、100条委正式名称
「善行地区における地域コミュニティ活動事業用地取得に関する調査特別委員会」
という名前だ。
「名は体を表す」ということでいえば、これ以上分かりやすい名前はない、のも事実。
今日開催の特別委については、長いので委員会名称を変えようかという意見が出て検討したものの、委員会設置の趣旨に鑑みこの名に落ち着いたという経緯がある。

さて、今日の委員会では現時点での市の取り組みが報告され、対して委員各位からは活発な質疑があり、市役所本庁舎市民会館藤沢駅など、本市の顔とも言える施設の再整備という重要案件を扱う委員会らしく盛り上がった?といえるかな。

この計画、県内でも有数のターミナルである藤沢駅と市役所といった中心部、そして市民会館・秩父宮記念体育館・図書館・消防署などの市施設が集積する鵠沼東エリアを東南の端、藤沢橋付近を北東の端、ちょっと飛んで労働会館や旧藤沢高校跡地付近を北限、西南は鵠沼中学校付近西北は一本松の踏切あたりといった「藤沢の都心部」一帯、駅半径500メートル以上・面積145ヘクタールについて、市施設の更新と当該エリア全体の再整備について策定されている、いわば「壮大」なものだ。

で、今日示された図はカラー刷りで見やすくキレイなものであり、さすがは一流コンサルタントの作だ。
その一方で、内容は一般的・総花的で目新しいものはない、とも思った。
このくらいの内容ならば市の職員で十分つくれる、との意見も出たが、(見栄えはともかく)私も同感であった。

それに対する部長の答弁は、
「この図を作成したのは、東京駅等の駅前再開発で実績がある会社であり、市には無いノウハウをたくさん持っている」
「今後、JRや小田急に対して『駅舎の建て替えを提案』する際に、力を発揮する(具体化した際に企画・設計する能力がある)」
「(1千数百万円という多額の)費用をかけただけのことはあるのだ」
みたいな答弁をしていた。

なるほど。
今日の委員会で示された図及び内容は、市議会や市民にとっては当たり前の中身でも、
「JRや小田急に対する『駅舎建て替えを促すためのプレゼン用資料』としてならば有効」
ということか。
と私は解釈した。そう考えると、今後の進め方の予想がつく。

つまり。
藤沢都心部の再生は、藤沢駅の駅舎建て替えが「本丸」かつ出発点になる、ということだろう?
しかし、鉄道事業者に建て替えを促すにしても、ただ
「駅がイマイチだから建て替えてくれ」
と頼んだところで、重い腰は上がらない(と思う)。
なので
「いやいや、藤沢都心部はこれだけのポテンシャルがあり、市行政としても「市庁舎」や「市民会館」など大物の更新も控えています」
「ので、今後ますます発展が見込まれ、駅舎建て替えの投資に十分見合う乗降客の増が見込まれます」
ということではないのか。

私は、ある意味まじめに、
「随分と壮大な計画だが、市施設を一気に建て替えるのは資金不足でムリだろうし、そもそも各施設ごとに抱えている問題は異なる。耐用年数が来ている施設もあれば、まだ使える施設もあろう」
「市庁舎本館は使用不能になっているので、真っ先に手をつけなければならない。一方、市民会館は陳腐化し使い勝手は低下しているかもしれないが、まだまだ現役でいけそうだ。巨額の費用がかかる市民会館建て替えについて、全市民的な機運が高まっているとは思えない」
「このエリア全体の中でも、いっぺんになんて考えずに優先順位を明らかにして順次とりくむべきではないか」
みたいな質疑、および意見を述べた。

こんな事は当局も百も承知だろう。
今日の委員会で示された計画書は、実はJR・小田急向けのプレゼン用だったのだ、という事であるならば目くじらを立てることもない。
今、示されている計画が少々大雑把かつ大風呂敷でも、建て替えに向けた、言葉は悪いが「餌」なのだろうから。
まず、駅関係者に「食いついてもらう段階」ということだな。
今日の質疑は随分と細部にわたった部分もあり、あるいは私のように「そもそも論」を述べてピントがずれた?質疑もあったり、といった具合に今ひとつ議員と当局のやりとりが噛み合っていないな、と感じられたのだが、そういうことなら当然だったと思う。

穿った見方、だろうか。違ったら大変申し訳ないが。


八ヶ岳野外体験教室

1月25日に「こども文教常任委員会」の視察で八ヶ岳まで行って来た。

私は当該委員ではないので、「傍聴議員」ということでの参加。
というのも、私は市の施設の「八ヶ岳野外体験教室」に行ったことがなかった。
ところがつい先日、冬休み最後の三連休にウチの子どもが市の外郭団体である「みらい財団」
「自然ふれあい教室~雪ん子大作戦」
という事業に参加し、大喜びで出かけ、そして大満足で帰ってきたので、どんな所なのか見ておかなければと思い、文教委の視察に便乗したのである。
また、ご多分にもれず?海老根市長にかわってから、廃止・売却の議論が浮上しており、それに対する反発がある、という市政の中でも重要テーマに浮上している施設でもある。そういう意味からも、是非視察しなければならない施設だ。

ちなみに、ウチの子が行ってきたイベントについては同財団がブログで逐一報告をしてくれているので、そちらを参照していただければと思う。
ブログは、子ども達の思い出の記録であると同時に、留守を預かる保護者に向けてのものでもあり、解散場所の市役所に子どもを迎えに行く親のために到着時間が分かるように帰路を逐一報告してくれるなど、親としては大変有り難いものだった。

この「雪ん子大作戦」という事業は、ボランティアの若者が企画・運営し、子ども達を引率するというものだ。引率のお兄さん・お姉さん達は、子ども達と年が離れておらず、親や学校の先生とはまた違う親しみやすさがあったようだ。
ウチの子は
「帰りたくないくらい、楽しかった!」
「楽しくなかった、って人は一人もいないと思うよ」
との感想だった。
市内各地から、45名の小学校5・6年生の子が参加した。
子ども達は普段の友達と参加するのではなく、初めての子たちと出合うので、私は「仲良く出来るといいな」とやや心配だったのだが、全くの杞憂に終わったようだ。

1月7~9日の日程の体験教室ということで、ひと月まえに二回にわたり「作戦会議!」と称する事前説明会があり、その時から既に友達同士になっていた。知らない同士の体験学習となるので、事前に顔合わせをしておくのは正解だろうし、雪遊び体験をするためのスノーシューなどの道具の使い方などの事前レクチャーが必要なのだろう。

私も、親として海や山、夏・冬休みに子どもには大いに自然体験をさせてやりたいと思っているが、なかなか出来ていないのが残念だ。
そうした中で、公の、信頼できる機関が安価に子どもの達にそうした体験をさせてくれるのは、大変有り難いものだ。
スタッフの皆さんに、この場を借りて心からお礼を言いたい。

そうした子ども向けの事業を公が行えるのも、市有の施設があればこそ、といえるだろう。
たまたま、一緒に参加した子の中に、友人の子がいた。
彼女は鎌倉市在住なのだが、藤沢市内の私立小学校に通っており、今回のイベントは「市内在住・在学」ということで、参加資格があったのだ。
鎌倉市にはこういう教室がなくて。藤沢市は子育て支援が充実していていいですね
との事。こうした話を聞くときが、藤沢市議会議員として誇らしい瞬間である。
「いや、なに、それほどでも」
とイイながら、ついつい鼻の穴がふくらむ。

前置きが大変長くなってしまった。
さて、八ヶ岳野外体験教室は、1992年に開設以来、藤沢市の多くの子ども達の野外学習を担ってきた。
私が中学を卒業したのは1984年だから、当然ながら私はここでの研修は受けていない。たしか、三浦半島の県の施設で研修をした記憶がある。

当施設は現在は指定管理者制度が導入されており、(株)東急コミュニティーが運営を担っている。
施設は思いのほか洒落ている。メインの管理棟のほか宿泊棟が7つ、372名が利用できるようになっている。敷地も広大で、1万㎡以上あり、標高1500メートルの大自然に囲まれた抜群のロケーションである。
こうした施設を利用できる藤沢の子ども達は恵まれている、と言えるだろう。貴重な体験ができるはずだ。

ところが、一昨年の「事業仕分け」において、見直しの議論がなされ、売却も検討されたことがある。
確かに、県で類似の施設がある以上、そこを利用してもよいといえばそうだろうし、市でこのような大規模な施設を持つことは「贅沢」かもしれない。
実際に、年間で2億円以上の経費をつかって運営されている。費用対効果についても、検証されて当然ではあろう。

だが、述べてきたように、素晴らしいロケーション・施設、市の職員や指定管理者の皆さんの努力によって子ども達の貴重な自然体験・思い出づくりが支えられている。
この施設は学校利用だけでなく一般の利用も可能だが、特筆すべきは「学校対応」を基本として施設が設計・計画されていることだ。
一クラス3~40名が一度に風呂を利用する、食事をする。宿泊棟の大きさもしかり。
現地には市の教員が出向して常駐しており、保健室があり看護師もいる。白浜養護学校の児童生徒も利用出来るよう、浴室なども対応できるようになっている。
「児童生徒」の「野外体験学習」のための施設であるので、普通の旅館では代替できないだろう。
また、私たちの頃は実際そうだったが、県の施設を使う手もあるだろうが、県内にこうした施設は三カ所。それで、全県の学校が利用しようとするので、時期が重なり競争が激しく使い勝手がよくない。また、比較することでもないだろうが、県内とはスケールの違う自然がここ八ヶ岳にはある。
藤沢市の教育の、素晴らしい財産である。

繰り返しになるが、親としては子どもに出来るだけ自然体験をさせてやりたい。しかし、少なくとも我が家では思い通りに出来ていない。
それを、学校で(あるいは財団で)低廉な費用で実施してくれるのは有り難い限り。また、家族と行くのとクラスの友達・先生と一緒にいくのはまるで違う経験になろう。
安心して子どもを預けられて、しかも日常では到底体験できない貴重な自然に触れる機会を提供してくれる、この八ヶ岳自然体験教室を売却しようと検討していた市執行部の考えは理解できない。

前回も述べたが、海老根市長が自分が市長として新たな施策をやるために既存の事業を廃止したいだけと思われても致し方ないだろう。
市長になって、自分の色を出したいのは理解できる。
だが、役に立っているものをやめて財源をつくって新規事業をやる、のならば十分検証の上でなければならないのは言うまでもないことだ。
また、既存事業、この中には一見すると、それこそ「事業仕分け」的な視点からすると惰性に見える事業もあろう。
しかしその一方で、市の事業が市民に根付くには時間がかかるだろうし、時が持つ重みというものも当然あるだろう。
八ヶ岳の事業に関しては、市の小中学校の「伝統」事業になりつつある、と私は感じている。
開設してから20年だから、親子二代でここで学んだ、という例も出てきているだろう。そうして、藤沢の教育の伝統がつくられていき、藤沢らしさ、藤沢らしい教育が根を張っていくのではないだろうか。

海老根市長のやり方は、そうした事を一切念頭に置いていないように見える。
事業仕分け的な視点は、私は否定はしないどころか大いに評価している。その一方で、こうした「伝統」のような、あるいは「思い出」「体験」など数字・金に現れてこない、しかし非常に大切なものは「仕分け出来ない」とも思っている。限界があるのだ。
 なので、事業仕分けのように「冷徹」に判断しつつ、最後は人々の「熱い」「思い」も計り、結論を出す。これこそが政治、だろう。

そうした意味では、この八ヶ岳自然体験教室の存廃を巡る議論は、海老根市長の姿勢、すなわち伝統・継続を軽視(あるいは無視)して、自らの掲げた新規事業の実施にこだわる、という自己顕示が如実に出ていると思うのだ。


藤沢市長選挙

2月5日告示、12日投票という日程で、藤沢市長選挙が行われるのはご案内の通り。
市長選挙は、市政最大の焦点であり、市民の関心事なのはもちろんだが、市長選挙を巡り会派や党総支部が混乱し、私としても何を書いて良いモノやら大変迷い、今日まで触れないできた。

とはいえ、今日の時点でも意味のあることが言えるのか、というとなかなか言えない。
お読み頂いている方には大変申し訳ないと思う。
ので、主に私の心境について、書いてみたい。

2008年の2月に、海老根靖典氏が市長に就任し、1期4年が過ぎようとしている。
この間、私は海老根市長とは意見が合わず、市長の色がでる政策については特に対立してきた。

まず、地域経営会議。
これについては、今までも当ブログで書いてきたので詳細は省くとして、私の問題意識は端的にいうと
「法令違反の疑いアリ」
「地域自治団体が市長の私的機関になりかねない」
「地域住民を代表する正当性がない」
というあたりか。

また、市長が進める官民連携にも疑問がある。細かいことはさておき、大物でいうと、
「市庁舎」
「市民会館」
の建て替えに際し、民間資本を導入する、というものだ。
例えば、市の土地に民間の賃貸ビルを建てて、そこに市役所と民間企業の事務所が入る。
また、市民会館の敷地の一部にマンション等を建てる。
これにより、建築を担う企業が利益を上げることを織り込んだ全体事業費となり、市施設を単独で建設するよりも市費の負担が激減し、建て替えがスムーズにいく、という発想だ。

しかし、私は全くナンセンスだと思っている。
土地がない都心、東京区部ならともかく、市庁舎にせよ市民会館にせよ敷地に十分ゆとりがある。
また、市の業務と民間企業の業務が一つの建物に混在する不都合、賃料を払うとは言え公平性にも疑問が生じるところだ。
市民会館のような多目的ホールと、居住用マンションが共存できるとも思えない。

また、市内の民間オフィス需要は低調、人口もこれから減ることを思えばマンション需要もそこそこだろう。
新築ビル・マンションを建てれば、最初は埋まるかもしれないし、駅近くの立地であればマンションも売れるとは思う。
しかし、述べたように現下の情勢に鑑みるに、オフィスにせよマンションにせよ市が乗り出さなければならない公共性はない。
民間事業者とタイアップして不動産開発する必然性は全くないと私は断じる。

それよりも、不採算(あるいは、不採算になる可能性が高い)だが必要なもの、たとえば図書館、美術館、音楽ホール、病院、学校などなど、
「採算度外視」
とまでは言わないが、市所有の土地・税を用いてでも設置しなければならないものはしっかりと金を使い、自信を持って建てればよいと思う。

庁舎・ホールは市民の財産であり、市執行部の私物ではない。
目先のそろばん勘定で切り売りしてはならない。
建て替える金がないならば、だましだまし限界まで使えばよい。

海老根市長の感覚と私は全く肌が合わない。
そして、市の資産を切り売りしようとする一方で、善行や片瀬海岸など、誰のためだが分からない土地取得には熱心だ。
「今ある市の土地を売っても、票は減らない。しかし、新たに土地を買えば票が増える」
とでも思っているのか?と言いたくもなるのだ。

これだけとっても、海老根市長は支持できない。
また、今100条委では、市長はじめ関係者の告発が可能かどうか、検討している最中である。再選されたとしても、免罪されるわけではない、ことは強調しておく。

さりとて、では誰が市長に相応しいのか?
現職の海老根市長以外に、鈴木県議と三野市議が名乗りを上げている状況だ。
この時期になると、もうこの三人に絞られているといってよいだろう。

三野市議については、私はこれまで民主党の仲間として、ともに活動してきた。彼女のことは私なりに知っているつもりであり、心情的には応援したいところだが市長となると話は簡単ではない。
実際、私が所属する市議会会派の「民主・社民ネット」は、三野氏の出馬により分裂の危機に陥っている。
まず、神奈川ネット所属の青木議員が、「三野氏を支持できない」として離団した。
また、社民の高橋団長・脇議員も鈴木県議の支持を表明。

市議会の会派は、政党というよりも市議として対市長との立場で結成するもの、と私は思っている。
現職に対しては、「反海老根」でまとまっていたのだが、市長選挙でウチの会派の議員が名乗りをあげたとたんに一人が離団、二人も今後はどうなるか分からない情勢になってしまった。

大変悩ましい状況だ。
海老根市長に対抗するために「反海老根の総意で推せる人」が望まれたのだが、鈴木・三野と、いわば反現職の勢力が二分してしまった。
これにより、「現職が有利になった」との見方が出ている。
私としては、誰が有利かとか、各々の陣営が当選めざして取り組んでいる以上、予想めいた話は控える。
いずれにせよ、候補者が一本化できなかったのは残念だ。

もうすんだ話になってしまうが、一言いいたい。
繰り返しになるが、海老根市長就任後4年がたつ。私は当初から、海老根市長には懐疑的で、その後の市政運営を見るにつけ
「市長を代えなければならない」
と強くおもうようになった。

しかし、「総意で推せる人」を見いだすことは、ついに出来なかった。
4年間あった、あるいは、少なくとも善行問題発覚後、2年以上が過ぎているのだから、時間が無かった訳では無い。
にも関わらず、この有様である。
「民主党は、誰か立てないのか」
と、この間よく言われた。
期待していただけるのは大変有り難いし、全く何もしなかった訳では無い。
結果として、いなかったのだが、ここで一つ言い訳をしたい。

市長選挙は「政党選挙」ではない。政党が全面に出て悪いわけではないが、本市の場合、国政レベルを巻き込む争点は見当たらない。
たとえば、米軍基地、市町村合併、原発立地などなど、がそれにあたるだろう。
あるいは、義父・葉山峻の頃のような「保革対立」という構図もない。
そうした中で、中央政党が全面的に市長選に関わるのは、それこそ「地方分権」の精神にもとる。

やはり、この藤沢から市民(市議でもよい)が主導して候補者を立てる動きにならなければ、と思う。
もし、「民主党から出す」ことが、多くの人たち、市民的な広がりになっていれば私自身が立ったかもしれない。
だが、残念ながら「民主党から出ないの」とは言われても、本当に市民から民主党候補が期待されている、とは私には思えなかった。

自分の意欲がないのを市民のせいにするのか、という事では無い、ことをお断りしておく。
私たちの、この4年間の取り組みの結果、残念ながら市民の期待が高まらなかった、と言いたいのだ。
「民主党(の市議)はよくやっている」と皆が認めてくれていたら、自ずとそういう声があがっただろう。
私としては、海老根市長に対抗し、あと一歩のところまで追い詰めたが、時間切れになったと感じている。
市民的な評価を得るには至らなかった、のだと思っている。

とりとめが無くなってしまった。
ようは、市長選挙まで、十分な時間が私たちには与えられていたのに、それを生かし切れず(反海老根の総意になる)候補者を見いだすことができなかった、という、まあ、反省というか。
いずれにせよ、市長選挙まで残された時間は少ない今、そんな事を言っても始まらない。
私たち民主党市議も、判断が迫られている。さて、どうしたものか。


証言は変わらず

新年があけて、初めてのブログだ。
年末年始と様々な動きがあり、忙しかったのもあるし、風邪をひいてしまったこともあり、更新が滞ってしまった。
と、言い訳から今年のブログがスタート、とは情けない。
言い訳から、といえば、海老根市長の選挙に向けた演説は「おわびから始まっている」との話を聞いた。
おわびの演説、というのはツライだろう。演説は、元気に、強気にやるものであろうから。

さて、昨日は100条委の証人尋問が行われた。今回で、証人尋問は最後となるかも知れない。
5人の尋問を行ったわけだが、当初の予想どおり、大きな進展はなかった、と言えようか。
100条委といっても、所詮は証言頼み。警察のような捜査権はない以上、証人が嘘を言えばそれまで。
その意味では、今回の尋問は、「最後だから、ホントの事を言ったらどうですか?」という意味合いも裏側にはあったわけだが、そうしたこちら側の気持ちも証人各位には届かなかったようだ。
それにしても、
「真実を述べ、何事も隠さず、付け加えないことを誓います」
という宣誓を証人は行うわけだが、空しく響くばかりだ。

真相究明、といっても、人の心の中を覗くことはどうせ出来ない。このあたりが限界であろう。
ただし。
そうは言っても、実は昨日の尋問で固まったことがいくつかある。これまでの流れを把握している人には分かったと思う、としか今は言えないが、告発に向けて重要な証言がいくつかあった。

このほか、これまで市が説明してきた
売り主→矢島市議→善行市民センター主幹→財政課課長補佐→新井副市長
と言う流れ、また、その後の
財政課・公社による調査→新井副市長→海老根市長
さらには、
善行自治会連合会による陳情→経済部→市民自治部→取得
という一連の経緯について、大きな疑義が浮き彫りになったことは特筆してよいだろう。
依然として真相はハッキリとはしないが、市側の説明がほぼ間違いなく嘘であろう、ことについては確信が持てた。
動機がハッキリしなくても、事実行為があれば罰を受けることになるのだから、今後は告発に向けて最後の詰めの作業をすることになる。

次回2月3日は、土地価格の鑑定結果が公表される。
横浜地裁では、
2666万円(道路無し)
5333万円(道路アリ)
という価格が出た。100条委ではどうなるだろうか?
楽しみである。